雪かきの結果、街中に雪の壁が出没しているリガである。
さて、管理人の仕事上のポジションは「外国人研究者」である。
失業率が15%を超えているラトビアで、地元民の職を奪っているわけではない。
研究プロジェクトによくあるパターンで、プロジェクトに国際色を添えるために、外国人研究者が参画するとプロジェクトが採択されやすくなるのである。
というわけで、言わば「職業としての外国人」なのである。
そんなものは、プロジェクトに必要なのであろうか?
という素朴なギモンを抱いた人も多いかと思う。
何を隠そう、管理人自身もそう思っていたのである。
そして答えは、必要、なのである。
というのも、ラトビアは人口がそもそも少ないので、専門家の種類も数も多くないのである。
言い換えれば、
「椅子がひとつしかない椅子取りゲーム」
のようなものなのである。
専門性が高ければ高いほど、その椅子に最初に座った人は、ヘタをすると数十年動かない上に国内での競争があまりないので、閉塞性の高いパラダイムが形成されやすくもあるのである。
だが、そのあたりのことは、もちろんラトビア人はよくわかっていて、自分の積み上げてきた学問や知識は、基盤として捉え、臨機応変に専門外のことに移っていくのである。
つまり、自分の必要性を見定めることができるのである。
日本では、全く自分の必要性など考慮したこともなかった管理人である。
そして今、ここで自分の必要性を考慮すると、ああ、そうか、とわかってくることがある。
それは、自分の立ち位置である。
必要だからこそ雇われているのだとすれば、その必要性に応える必要性があるのである。
果たして何が必要とされているのか。
アジア顔であることではない。
下手な英語でしゃべることでもない。
もちろん、日本文化を伝えることでもない。
外国人にしか出来ない、すなわち、この国の専門家ではカバー出来ないことを求められているのである。
出来るだろうか?
ま、やるしかない。
たまには、真面目なことも考える管理人であった。