ラトビア移住12年目。
 
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近況
なんだか、毎日が猛スピードで流れて行く感じの管理人である。

ふと気がつくと、もう11月も半ば過ぎである。
来月はかなり忙しいはずなので、ちょっと早いが乳がん発覚から一年なので、近況を書いておこうと思うのであった。

とは言っても、別段特別な事があったわけでもない。
毎日、タモキシフェンという薬を一錠のむだけである。
副作用もほとんどない。
ホットフラッシュぐらいだろうか。
肩こりも特になくなった。

フォローアップの検査は、超音波と胸部X線で異常なし。

食生活は炭水化物を減らす食事にしてから、体重も増えず、いい感じである。
相変わらず、一週間に2−3回、通勤を利用して3−4km早足で歩いている。

普通の、日々である。
ありがたいことである。

【2012.11.19 Monday 20:20】 author : 管理人
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薬の管理
乳がんが見つかって、手術そして放射線療法、と一応のヤマ場は通り越した管理人である。

現在は、癌の種類がエストロジェンで増殖するタイプだったので、万が一、どこかに癌細胞が潜んでいた場合に備えて、ホルモン治療剤、管理人の場合はエストロジェン受容体の拮抗阻害薬であるタモキシフェンを服用しているのであった。

ラトビアでは、癌治療に使われる薬は、通常ジェネリックである。
管理人の服用するタモキシフェンも、もちろんジェネリックである。

最初、試しに30日分処方してもらったのは、イスラエルのジェネリック大手、TEVA社の物であった。それが終わって、100日分処方されたのは、フィンランドの医薬品メーカーOrion Corporationの物であった。

さて、問題は、これを毎日飲まなくてはいけない、ということである。

最初に処方してもらった30日分の薬は、一錠づつ個別包装になっていたので、薬のパッケージに日付を書き込んで、飲んだか飲み忘れたかが分かる様にしてみたのであった。

が、しかし、その次に処方してもらった100日分の薬はプラスチックボトルにまとめてジャラジャラと入っているタイプのもので、どうやって管理したらいいものやら、と思いあぐねていたのであった。

どうせなら、iPhoneで管理でもしようかと、アプリをダウンロードしてみることにしたのであった。

結果、色々検討して、お薬ノート をとりあえず使ってみる事にしたのだった。


【2012.05.24 Thursday 15:18】 author : 管理人
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医療費事情
ふと気づくと、すっかり更新を怠っていた管理人である。

さて、今日はラトビア医療費事情について書いておく事としよう。

1)ファミリードクター
まず、社会保障でカバーされる医療サービスを受けるには、ファミリードクターを全て通す必要がある。これが大前提である。ファミリードクターが出してくれる書類を持って行かないと、専門の治療は自費になってしまうのである。もちろん、民間の健康保険は加入していれば利用可能である。

2)カバー率
病気の種類によって、社会保障によるカバー率が25%、50%、75%、100%と変わってくる。
たとえば、癌は100%カバーされるのである。だが、ここでいう100%というのは、医療サービスのみで、大抵の検査や治療はレジストレーション料として数百円を徴収される。もし、民間の健康保険に加入していれば、どういう理由なのかはよくわからないのだが、このレジストレーション料が保険から一部補助されるようである。
このカバー率は、医薬品にも適応され、薬ごとに細かく値段が決まっている。基本は、ジェネリックがある場合はその値段を100%として、そこからはみ出た分の価格は自費となるのである。

3)医薬品は薬局購入
個人用の医薬品は、基本的に全て患者が薬局で購入する事になっている。当たり前だろう、と言う声が聞こえてきそうだが、これは軟膏から抗がん剤まで、全てなのである。例えば、抗がん剤治療を受ける場合、医師から処方箋をもらい、抗がん剤を普通の薬局で購入し、それを病院へ持って行ってボトルキープの様に「マイ抗がん剤」をキープしておいてもらって、それをスケジュールに合わせて投与してもらうのである。

4)医師、看護スタッフへの御礼
一昔前は日本でも現金やお酒をお礼として渡していたが、ラトビアでは現在でもそういう風潮がある。入院した時などは、看護スタッフへチョコレート、掃除のおばちゃんとかにはチップをわたしたりするのであった。そんな感じなので、医師は税金のかからない収入があることになるのだが、これに税金をかけよう、という動きが最近あったりするのであった。


【2012.04.18 Wednesday 22:55】 author : 管理人
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初、骨シンチグラフィ
イースターの暴飲暴食から日常の似非ベジタリアン生活へ戻った管理人である。

さて、本日は骨シンチグラフィという全身スキャンをしてきたのであった。

骨シンチグラフィというのは、まあ、平たく言えば、癌が骨に転移していたりしないかどうかを見るために行われる検査である。テクノチウム99mという放射性同位元素を注射して、それが全身にくまなく回った頃に、全身スキャンすると、骨の代謝が盛んなところにこの放射性同位元素が集まりやすいので、癌の転移や骨関係の炎症を検出できる、というような感じである。

管理人の場合、いくら小さくても癌は癌、ということで、この先何年かは定期的に検査をしていくことになるので、とりあえず、最初に骨シンチグラフィもやっときましょうか、という具合である。決して転移が疑われているわけではない。

検査の手順は以下のとおり。
1)テクノチウムを注射してもらう。
2)2時間以上待つ。
3)トイレに行く。
4)全身スキャン。

朝一、9時に注射をしてもらい、普通に仕事に励み、お昼の12時に再びシンチグラフィ部門を訪れて、スキャンしてもらう、という具合である。

シンチグラフィ部門は、もちろんのこと放射性同位元素を扱うので、制限区域と非制限区域にわかれている。制限区域、というのは、黄色の三角の中に放射線マークが書いてあるシールが張ってあり、通常は分厚い扉で区切られているのであった。ま、要するに、放射性同位元素はこの制限区域の中だけで扱いますよ、という法律で決められた設備を備えた区域、という訳である。
そんな訳で、テクノチウムの注射をしてもらうのも、全身スキャンも、この区域内でしか、できないことになっているのである。

さて、ということは、当たり前と言えば当たり前なのだが、注射をしてもらった管理人は、本来ならばこの制限区域内にとどまるべきなのだろう。いや、だって、放射性物質が身体のなかを駆け巡っているわけである。

I am radioactive.

な状況なわけなのである。。。

気が付かなかった。。。

しかしながら、自らがどうやら放射線を発しているということを思い知らされる出来事が待っていたのであった。

注射をしてもらった後に、シンチグラフィ部門の受付待合室へ行くと、何やらスピーカーから

「シンチグラフィの注射が済んだ患者さんは、制限区域に戻って下さい。」

という放送が繰り返し流れるのである。
最初、管理人が忘れ物でもしたのかと、思ったのだが、受付の人が、
「出口はあっちよ」と指さして教えてくれたので、そのままその場を離れたのであった。

そして、昼過ぎに戻ってきて、スキャンが済んだ後、
「向こうで結果を待って受け取っていってね」
と言われたので、またもや受付待合室へ行くと、またしてもスピーカーから

「シンチグラフィの注射が済んだ患者さんは、制限区域に戻って下さい。」

という放送が繰り返し流れるのである。
が、しかし、待て、と言われたのだから待つぞ、とばかり、管理人がそこに座っていると、管理人の前にスキャンを済ませた男性がやって来て、

「あんた、そこに座ってると、放送がずっとなってうるさいから、あっちの椅子で待ってたほうがいいよ」

と言ってきたのである。

ああ、なるほど、あっちの椅子のところにはスピーカーがないから、うるさくないのね。なんて親切な人だろう。などと思いながらあっちの椅子に移動したところ、不思議と放送は鳴り止んだのであった。

ほほう、他に待っている人もいないし、管理人が最後だったんだな。いや、でも待てよ、その場合、忘れ去られたら嫌だから、待ってることをアピールするためにも、受付から見える受付待合室で待っていたほうがいいのでは?と思い、再び受付待合室へ戻ったとたん、

「シンチグラフィの注射が済んだ患者さんは、制限区域に戻って下さい。」

というあの放送が鳴り響くのである。
うーん、確かにうるさい。とまたあっちの椅子へ戻る管理人。
そうこうしていると、受付待合室に一人の女性がやって来て、座って待ち始めたのであった。放送は鳴らない。

つまり、管理人が受け付け待合室に行くと、放送が鳴り響くのである。だれも見てないのに。。。

「も、もしや。。。どこかにセンサーが?」

しかも、よく見ると、近くにあるトイレの扉にはこう書かれているのである。

「シンチグラフィの注射をした患者さんは、このトイレを使わないで下さい。右の重たい扉の向こうのトイレを使って下さい。」

この時点で、全てに合点が行ったのであった。

「ああ、排出物もラジオアクティブ。。アタシもラジオアクティブ。。」

今晩は発光できそうな気がする管理人であった。


【2012.04.11 Wednesday 17:30】 author : 管理人
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放射線治療終了
めでたいことに、本日で6週間の放射線治療が終了したのであった。

ああ、なんという達成感。

ありがとう、放射線医師、看護婦さん達。
ありがとう、家族。
ありがとう、友人達、同僚たち。
ありがとう、ブログを読んで応援してくれた人たち。

皆さんの支えで、本日喜びをかみしめることが出来た管理人である。

ちょうど3月も終わりである。
4月から、ウォーキングも再開しようかなと思う管理人であった。


【2012.03.30 Friday 16:30】 author : 管理人
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放射線治療最終週
先週金曜日に、待望のサイドミラーがついた管理人家愛車である。
当たり前だが、ミラーがあれば普通に運転できる。
ありがたいことである。。。

さて、一方、管理人自身はと言うと、まだまだ放射線治療の続行中である。

だが、全部で6週間、土日を除く毎日の照射も、ようやく5週間の右胸全体照射が終了したのであった。今週はダメ押しの患部部分照射、ブーストというやつである。

癌の治療というと、副作用がつきもの、という印象であるが、現在のところ出ているいわゆる副作用は肌が日焼け状になっている、ということのみである。この日焼けも、出始めたのは5週目に入ってからである。日焼けは、放射線をあてたところにのみ起こるので、
「ほほう、このように照射していたのかぁ」
と感心するほどくっきりと照射範囲がわかるのであった。

日焼けとほぼ同じ現象が起こるので、薄皮がむけたり、乾燥したり、ひどければヒリヒリしたり、痒くなったりするわけである。そんな訳で、対策もあるといえばあるのである。
これらは、放射線医から指示されたローション及びクリームである。
オレンジ色のチューブのローションは、フィンランド製。照射の1週間前から3週目までの4週間、1日3回、照射範囲全体に塗るべし、という司令であった。と言っても、このローションは特に放射線治療用というわけではない。ごく普通の乾燥肌用ローションである。効果の程はわからない。放射線医の説明では、「一週間前から保湿することによって、肌をいい状態に保って放射線に備える」ということであった。

わかっているのは、スウェーデンではこのローションが放射線治療の際に勧められていて、それならばどの程度の効果があるのか調べてみよう、という論文があり、このローションとアロエジェルと何も塗らない場合、とを比較したが、赤くなるということに関してはいずれも差が無かったということのみである。
だが、この論文の片手落ちなところは、乾燥具合や、かゆみや、痛みや、そういう患者の症状がどの程度改善されたのか、が調べられていないところである。とても機械的に、まあ、よく言えば客観的になのだが、「赤み」を写真で撮影して画像解析でデータを出したわけである。

まあ、ともあれ、使ってみた感じは普通の乳液である。サラリとしていてべたつかず、香料もなしで、いい感じであった。

さて、4週目からはACTINOLINというクリームに切り替え指示があった。
このクリームは泣く子も黙るラトビア製である。
白いアルミチューブにシールが貼られている、という、なんとも低コストな包装である。
有効成分はパンテノール、プロビタミン、トコフェノール、である。
保湿と痒み止め、といったところであろう。
皮膚の炎症用ということだが、しっかりと放射線治療用、と謳っている。
色は黄土色。。。木の香りである。こちらもサラリとしていて、べたつかない。
なかなか効き目がよろしく、5週目から発生した「布との摩擦で誘因してしまったかゆみ」がピタリと治まるのであった。皮膚がカサカサしたりすることもなく現在に至っている。

さて、とにかくあと一週間、ローマ人の本が読み終わらないことだけは確かな管理人であった。


【2012.03.26 Monday 15:18】 author : 管理人
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半分終了
先週で放射線治療の半分が終了した。

待合室での過ごし方も、すっかり堂に入ってきた管理人である。
いつもの時間に行くと、いつもの顔が待っている。
待ち時間は1時間から2時間と、決して短くはないが、愛読書の「ローマ人の物語」も緊急に日本から取り寄せたし、それなりに楽しく過ごしていたのであった。

が、しかし、先週の金曜日、管理人は看護婦さんから治療時間の変更を言い渡されたのであった。
これは管理人だけではなく、どうやら患者全員の治療時間が再編成されたようであった。
「何時になったの?ああ、午前中ね。あたしたちは午後3時からになったのよ」

どういう基準なのかは定かではないが、ご高齢のご婦人たちは揃って午後3時からだということであった。

管理人は午前中9時半から12時までの間になった。
その時間帯ならいつでもいいらしい。

そして月曜の朝、9時半ちょっと前に待合室についた管理人は、いつものように待合室に入るなり、

「こんにちは!最後の方はどなたですか?」

と、待合室の呪文を唱えたのであった。

が、しかし、待合室の雰囲気は、これまでと全く違うものであった。

待っていたのは子供達であった。

付き添いの女性が微笑みながら言った。
「私たちはもうすぐ終わりよ」

9時半までは子供の治療時間だったのである。

管理人はショックであった。

中には1歳ぐらいの赤ちゃんもいる。
子供たちは、放射線治療を受けに、毎朝やって来る。
放射線治療は痛くもかゆくもないとはいえ、小さな子供が照射中に動かずじっとしていなければならないのは、大変なのではないかと思う。

放射線治療は毎日なのである。
小さな子供をつれて毎日治療に通うだけでも大変だ。誰もが車を持っているわけでもない。
いや、大体移動中に何かに感染したりしたら大変じゃないか。
っていうか、なぜ入院じゃない?

そんなことを考えていて、ハタと気づいた。
そうだ、あの救急車でやって来ているんだ。
よく見れば、待合室に救急箱を持った見慣れないスタッフも一緒に待っているではないか。

いつも、放射線治療を受けている建物の前には、決まって朝救急車が停まっているのであった。そう、子供たちは付き添いのお母さんと一緒に、救急隊にエスコートされて治療にやってくるのであった。近くに小児病院があるので、そこからくるのであろう。

ああ、よかった。救急隊と一緒なら安心だ。
と、ホッとしたのであった。

さて、その後も、どうやら、午前中の時間に割り当てられた人は少なかったようで、管理人の待ち時間は大幅に短縮されたのであった。
そんな矢先、管理人の元に日本から注文した本が9冊届いたのであった。


【2012.03.15 Thursday 14:49】 author : 管理人
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