ラトビア移住12年目。
 
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看取りと手続き
東京では桜が満開らしいが、まだまだ氷点下の気温から抜け出せないリガである。

さて、今回、ママを在宅で看取った際の状況について、簡潔に情報をまとめておきたいと思う。

1)介護サービスはあるのか?
ラトビアでは赤十字と民間の介護人材派遣会社を選択することができる。赤十字は主に低所得者向けなので、ほとんど費用はかからない。介護用品も赤十字で貸し出してくれる。介護用品で困ったら、薬局に行くと何でも相談に乗ってくれる。民間の介護人材派遣会社では、1時間あたり3LVL程度で看護師助手クラスの人を派遣してくれる。ただし、この人はやってくれる事のリスト以外の事はしてくれない。
結局、管理人家では介護の人を呼んだその日から、ママが昏睡状態になってしまったので、大人用オムツの換え方を教授してもらった1時間のみの利用であった。
大人用オムツと言えば、ファミリードクターにオムツが必要になりましたと申告すると、オムツの処方箋を書いてくれて、定価の半額で購入できるのであった。

2)家で看取る場合に医者とかどうするのか?
ママの場合、卵巣がんの末期だったので、痛みのコントロールを最優先させた。経口のコデインを処方してもらっていたのだが、痛みの具合に応じて、随時増量するようにとの指示であった。最後の3日間は嚥下できなくなってしまったので、医療用麻薬のパッチと皮下注射でのレスキューをすることとなった。皮下注射程度なら家族が行う。ちなみに、医者は来てくれない。というか、来ても何もする事がないのである。痛みのコントロールは家族で出来る。分からない事や困った事は全て電話で相談であった。

3)亡くなったら誰を呼ぶ?
日本だと訪問診療をしてくれる医師をお願いしておいて、亡くなったら来てもらって死亡診断書を書いてもらう、ということらしいので、ここでもそうかと思っていたら、違った。
亡くなっても医師は来てくれない。
というか、「亡くなったので書類が必要」とファミリードクターに電話すると書類を用意してくれるのである。
というわけで、呼ぶのは葬儀屋である。
葬儀屋は24時間態勢で、電話すると1時間程でやって来て、葬儀までの間遺体を預かって、きれいに身支度をしてくれるのである。

4)葬儀と埋葬
葬儀に関しては、教会で行うか、墓地の小さなチャペルで行うかは好みによる。ママは教会での葬儀を希望していたので、神父さんと日時を打ち合わせして、それを葬儀屋に伝えるときちんと教会にきれいになった遺体を葬儀の日に届けてくれた。
埋葬の際、棺にラトビアの伝統工芸の毛布を掛ける。やはり、寒くない様にということなのだろうか。
便利だったのは、年金である。亡くなった人には、お葬式の足しに、ということであろう、年金が2ヶ月分支給される。これはなんと葬儀屋が請求する事ができ、葬儀屋の口座に直接振り込まれるのである。従って、家族は何もする必要がなく、自動的に年金の2ヶ月分が葬儀費用から差し引かれた金額となるのである。

5)形見分けは基本的になし。
生前に直接あげる場合を除いて、形見分けという風習は無いようである。



【2013.03.28 Thursday 18:31】 author : 管理人
| 健康 | comments(7) | trackbacks(0) |
この記事に関するコメント
初めてコメントいたします。
管理人様、心よりお悔やみ申し上げます。

初めてのことが沢山で大変だったと思います。
去年からリガに旅行に行こうと思い立って以来、ブログを拝見させて頂いていました。

私はリバプールにいるのですが、墓地の近くに住んでいるせいか、いつも人生の終わりについてだんなさんと話しています。

忙しい日々が、もしかしたらまだ少し続くかもしれませんが、どうかお身体ご自愛下さい。
| かまくら | 2013/03/29 2:46 AM |
心に受けた痛手を隠すかの様に淡々とラトビア、と言うかリガでの人生の終わりかたレポート
科学者の観察だ、と感心したり単眼の科学バカじゃないぞと再び感心したりの今日の記事でありました。

基本的には当地と同じレールの上の様に思いますが
はなはだ残念な事に当地にはアメリカ流の医療が入って来てしまっています。医療資本主義?
天井知らずの自費の治療と底なしの私立病院の入院費
それに耐えられる人だけが至れり尽くせりの手当てを受けられる、そんな流れが国保の外に徐々に広がりつつあるようです。

お棺に伝統工芸の毛布をかける、墓地に沢山植えられる根付きの花と一緒で暖かみのある人情を感じさせられます。これから墓所のベンチが役に立ちますね。

年金が人生を終わると二月分支給される、それが葬儀屋の支払いに充当される、思わずクスッ。 昔の社会主義のころの名残でしょうかねぇ。

上手に忘れる、忘れるけれど覚えている、これが完成するまではしばらくは難儀な時間が過ぎますがどうかご自身のペースをくずされません様に。

リガの墓地をたずねたあの秋の日、埋葬したばかりのお墓に植えられた菊のひと株が思い出されます。
リガの人は本当に彫刻が好きですねぇ、墓標の彫刻にもなかなかのものがありましたっけ。
| さんさん | 2013/03/29 9:48 AM |
まだまだお忙しいなか、貴重なレポートを有難うございます。
お聞きしたかったことばかりでした。

在宅で看取るというのは、希望してもハードルが高い日本です。うっかりすると不審死扱いの警察沙汰です。
”大往生したけりゃ医療とかかわるな〜自然死のすすめ”(中村仁一)という本が、じわじわと売れています。私はこの先生のおしゃることには一理あると思っています。

まだ自分で手続きをせねばならない親族を失っていないので
年金の仕組みはよく分かりませんが、日本は年金が最初に支給されるのは、誕生日(受給資格が出来る月)から2ヵ月後、後払い方式と言われ、亡くなった時に過払いしないようにと聞いています。

先週叔母が亡くなり親戚と久々に顔を合わせました。
親族が一同に会うというのがこういう機会になるのは残念なことです。天寿を全うしたと思われる年齢だったこともあり、次の世代へのバトンタッチというような、お別れ会でした。







| murako | 2013/03/29 7:56 PM |
このたびはご愁傷さまでした。息子夫婦と同居する自宅で看取られたお義母様、とても幸せな人生だったことと存じます。

夫の70代の母はラトビアで1人暮らし。夫は1人っ子で日本在住。先のことを思うと、管理人さんと同じことはしてあげられないのは明瞭です。管理人さんのお義母様が在宅で亡くなったことを夫に話しても、反応は今ひとつ。日本に呼べば母は不幸せになるし、自分がラトビアに帰るという選択肢はない、と。体調不良になったら、誰か付き添いをつける、と。

管理人さんの旦那さんと比べると、冷徹な息子です。
| totoro | 2013/03/29 8:14 PM |
管理人さんのブログをお借りして申し訳ないですが、
totoroさんに一言。いや二言三言かも。
同じ国に住んでいても、親と近くに住んでいてもそういう息子や娘は、います。でも一言で冷徹とは片付けられるものではありません。いろいろな事情、心情があるからです。
年老いた親をどうのようにケアするかは難しい問題で、どれがベターかとは言えないものです。経済的なことも係わってきます。経済的なことがクリアできれば、かなり選択肢は広がると思います。

でも一つ言えることは、もし私が逆のパターンで、娘がラトビアに住み、帰国して私の面倒は看られないといっても、構いません。親不孝者とも思いません。若いまだ先のある世代の生活を犠牲にして欲しくないからです。自分達の生活、家族を犠牲にしてケアしてもらっても、かえって長生きが幸せかどうか疑問に感じるかもしれないからです。
望むようにはならないかもしれませんが、とにかく元気で天寿を全うするまで生きて、長患いせずに旅立ちたいと思っています。一期一会其の貴重な時間だけは大切にしてください。
| murako | 2013/03/30 1:06 PM |
murako様。

おっしゃること興味深く拝見致しました。確かに私も、老いたら、遠くに住んでいても近くに住んでいても、私のために子どもたちが生活を変えることを望まないと思います。

他方、自分の親には何かしたいと思い始めている今日この頃でもあります。年老いて、確実に弱っている親を放っておけないという気持ちになってきています。管理人さんのブログを読み、親が赤ちゃんの頃の私のおしめを替えてくれたように、私も親のオムツを替えて、最後の日々を一緒に過ごしたいと感傷的な気分になってしまいました。

でもこのことを夫に伝えると、私の親とも、自分の親とも一緒には暮らしたくない、とはっきり言われました。子供達の面倒は見てもらっているのに、です。結構近くに住んでいるのに、気がついたら親が孤独死しているとか、そういう夢を見たこともあって悲しくなりました。

自分の親でも、夫の親でも、近しい人が命を終えるとき、私は側にいたいと思います。
| totoro | 2013/03/30 7:31 PM |
こんにちは、かまくらさん。
お悔やみどうもありがとうございます。
私も今回のことで人生の終わり方について沢山考えました。とても大きなテーマで、今すぐには答えが見つからない感じですが、ま、誰しも必ず死ぬので、心配する必要はないかな、という事だけは確信しました。
是非、リガ観光来て下さいね。

こんにちは、さんさんさん。
ママの介護に関しては、それはもう沢山の温かな気持ちに支えられました。ママのお友達達は、アジアン嫁を救えとばかりに毎日数時間やって来て、「アタシ達が看てるから、その間に買い物なり散歩なりいっといで」と言ってくれました。旦那の友達は、折り悪く故障してしまった我が家の車をディーラーにもっていってくれたり、本当に助かりました。

こんにちは、murakoさん、
お葬式は、再開の場でもありますよね。疎遠だった親戚の人と交流が持てたりすると、ああ、故人の引き合わせかな、とか思います。今回はママの介護を通して、私自身は私の両親にしてあげられなかったことをさせてもらった感があります。私が私の両親に何もしてあげられなかった事は変わらないのですが、少し心が軽くなりました。介護は誰かのためではなく、自分のためのものだと思いました。

こんにちは、totoroさん。
ああ、本当に、私も思いましたよ。私は子供がいないので、オムツを替えるのは初めての経験でしたが、ああ、ママはこれをやって来たんだ、それでうちの旦那が今日あるわけだと。
ただ、心配しても始まらないです。その時になって、何が一番大事かって自分に聞いてみるしか無いと思います。それまでは実感はわかなくても普通だと思います。私も、ママが昨年4月に末期がんの診断を受けて、最後の2週間になるまで、在宅介護なんて考えもしませんでした。必要だからそうするか、で良いんじゃないかと。その時になってからでいいんじゃないかと、思います。
| 管理人 | 2013/03/31 7:52 PM |
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