ラトビア移住12年目。
 
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歌と踊りの祭典

虫垂炎の手術から立ち直った管理人である。

 

さて、今年はラトビア独立100年で、さらにかの有名な歌と踊りの祭典の年でもある。

否が応でも盛り上がるラトビアである。

 

この一週間、街は民族衣装の人々で溢れていて、今日がクライマックスである。

 

実は今、テレビ中継の歌と踊りの祭典を見て居るのだが、感動が薄れないうちにブログに書いておこうと言うわけである。

 

この、祭典の最終日は夜8時から夜中の1時ぐらいまで続く合唱がクライマックスである。

2万人にも及ぶシンガーが一堂に介して歌うのである。

それは素晴らしいものである。

その素晴らしさは、単なる合唱と言うものではなく、それぞれの歌が、祈りのようなもので、一人一人の感情移入が一つの塊になってぶつかってくるようなものなのである。そして、その合唱をまとめるのが指揮者なわけであるが、シンガーの絶対的な信頼を一身に受け、それはもう、本当に2万人のシンガーを見事に一つにまとめ上げる。

テレビで見て居るだけで、何だろう、心臓を鷲掴みにされたような、ざわざわとした感覚に陥る。

歌う人たちは歌うことを誇りに思い、聴く人たちも彼らを誇りに思う。

 

何だろう、どうしてこんなに心が揺さぶられるのだろう?

歌も音楽も素晴らしい。でもそれだけじゃない。

肝は、民族の誇りなのだと思う。

皆が共有する誇りなのだと思う。

 

数年前、祭典のリハーサルのチケットが取れて、見に行ったことがある。

席はステージから遠く離れたところで、1万人のコーラスがたった一人の歌のように聞こえたのを覚えて居る。

シンクロが素晴らしすぎてもはや合唱に聞こえないレベルだったのである。

きっと、近くで聞けていれば感動もひとしおだったのだろう。

だが、帰り道のトラムの中はもっと素晴らしかった。

誰ともなく歌い出し、トラム中の人が合唱するのである。

歌いながら走るトラム。

誰もかれもが笑顔で歌う。

 

そんなことを思い出しながらTV中継を見て、何だか感動で涙してしまう管理人であった。

【2018.07.09 Monday 05:38】 author : 管理人
| ラトビアという国について | comments(8) | trackbacks(0) |
この記事に関するコメント
虫垂炎から立ち直った由、本当に良かったです。

なんだか私の頭にもイメージが湧いてきました。
エストニアも同じく100年だと思うのですが、歌の祭典は同じようにあって、どの動画を見た時には私も「おぉ。。。」と感動しました。
あの、自分の国を愛する気持ちって本当に凄いし、素晴らしいなと思います。

ラトビアの夏、長い太陽の日差しと共に満喫してください。
| かまくら | 2018/07/09 5:36 PM |
虫垂炎の手術が開腹手術でなくても、やはり予後1か月は
かかるのですね。
管理人さんのことですから、今年の夏休みの計画は
随分前から練られていたのではないかと思います。多分
予定通りのプランで過ごせることに安堵されているのでは
ないかと思っています。

1万人の歌が一人で歌っているように聞こえる、ということろに
凄さを感じます。どうやって本番に備えていくのでしょう。
心が合えば自然に一つにまとまるのかもしれませんね。
それにしても凄い!
| murako | 2018/07/09 8:25 PM |
久方ぶりにブログを拝見しました。無事退院おめでとうございます。じつは今回地元の新聞に載ったのですが、友人の石井さんが41年ぶりに参加するというもの。そうなんです41年前に私たちのコーラスが神戸市から参加していたんです。その時にラトビアで撮った映画に日本の歌を教えるという役ででていました。(Coro Nouvo)Gaisumaというコーラスグループでの参加でした。わたしもそのステージにでていましたのでいまでもその時の感動は薄れたこともありません。今回はライブでも配信したみたいですね。あ&#12316;懐かしいです。
| Mikiko Hige | 2018/07/10 10:03 AM |
こんにちは、かまくらさん。
そうなんですよ、バルト三国は皆100年なのです。この歌と踊りの祭典は元々はエストニア発祥と言うことです。どこの国でも同じように民族衣装をまとって踊り歌うようです。
この前日に踊りのコンサートがやっぱり夜8時から夜中の1時までやってました。ものすごい体力ですよね。

こんにちは、murakoさん。
ええ、開腹でなくても、やっぱりお腹の中が腫れてるような感覚やらあって、全快には1ヶ月ぐらいかかりました。夏休みはサマーハウスでまったりが計画です(笑)
本当はコンサートを本番で間近で聞きたいとは思うのですが、1時までTVの前で起きてるだけで精一杯でした。

こんにちは、Mikiko Higeさん。
日本から参加されたGaisumaについては結構色々なニュースサイトに出てましたよ。日本人のグループがラトビア語の歌を完璧に歌う、と書かれていました。3月に在日ラトビア人を取材に行ったTVディレクターさんも、その時、神戸でGaisumaの方々に会って、その素晴らしい歌声に驚き、大変感激されてました。
| 管理人 | 2018/07/11 6:53 PM |
独立記念日
なんでも五年にわたって祝われ最終的に二千二十一年にめでたく円成するというニュースですが「え?五年ががりで?」と思ったのが一つと記念式典の公式HP(もちろん英語版)を読んでもどこにも”どこから、どの国から”独立したのか書いてない。

こうなったらラトビアの歴史を勉強するしか手はない、と一念発起して資料を集めて読み始めて小一時間で諦めました。あまりこ悲しい記述が続いてどこにもほっとする部分がない。
まるでお嬢様育ちのぽっと出の美少女がたどる転落人生、などと言ったら叱られるでしょうがロシアドイツそれにスエーデンという
「おう、痛い目見たくなかったら黙って言うこと聞け」式の力ずく集団に取り囲まれてしかも土地は平らでそこそこ豊かな実りがある、おかげでバルト3国の歴史は始まって以来よその国にいじめられていない時期がほとんどない。占領されていない時期にもやっちゃんみたいななんとか騎士団なんてのがぬっと現れては根こそぎ盗ってゆく。
やっとロシア革命でヨロッパ全体のタガが緩んだところで独立の気運が芽生えて最終的に千九百二十一年ヨーロッパ諸国のラトビア独立認証、と思ったら大恐慌第1次大戦そしてナチドイツ占領。
読んでいて「圧政の時期があればこそ独立の喜びが」なぁんて書いた私が恥ずかしかった、何千年かのバルト諸国の歴史の中でまともに「幸せ」っぽいものを感じられるのはほんのここ何十年でしかないではありませんか。

それでいて「えい、もうくそ」と絶望の自滅を選ばず耐えて耐えて。
あのリガの石畳の路地を歩き寒さに溶けかかった煉瓦の塀を触りながら感じた鬼気迫る何かの意思は間違いじゃなかった。

ラトビアという人間の集団を知ったことは私の人生に大きな力を与えてくれました。
人間のことですからいいことばかりではない、おぞましい影も光の反対側にはあることはわかりますが「耐えて待つ」という姿勢は学ぶべきことだと。
| さんさん | 2018/07/14 2:43 PM |
こんにちは、さんさんさん。
わかります、「どこにもホッとすることがない」歴史。ラトビアが成功すると略奪されてしまう。そんなことの繰り返しですよね。
それでも常にこの国の人たちは民族の誇りを忘れなかったんでしょうね。耐え忍んで逆転の機会を待つ、というのがそれこそ遺伝子に組み込まれて居るような気がします。だからこそ、現在のラトビアの発展があるのだと思います。
お嬢様育ちのぽっと出の美少女がたどる転落の運命というと、ママを思いまします。ロシア軍が来るまでは大農場のお嬢様でした。その後のソビエト支配の中懸命に生きましたから。たくましかったですよ。
| 管理人 | 2018/07/15 12:06 AM |
独立記念式典+合唱祭
充ち溢れる喜びの空気に外国人まで感動の涙…ということにもう一つ思うことがあったので新しいテーマに変わる前に慌てて書き足します。

祭典の中心である大合唱、一人一人が出すエネルギーは小さくても百人千人万人と集まった時の迫力はこれはもう驚くような力を持つものであります。

世界各地のお祭りや反対にネガティブな感情のデモなどでもその実例はあちこちにあります。

そこで思うのは日本の花火大会,その多くは観光客集客のためでありますが表立って語られない花火に込められた人の思いは自分より先に旅立っていったあの人この人、多分天上から「時々は思い出して」見守ってくれているかもしれない人々に「私たちこんなにハッピーに元気にしてますよー」という思いを届ける手段として打ち上げているように思うのです。
でなければ花火というものあまりに美しく儚く、そして消えた後の虚しさ寂しさは花火が美しければ美しいほど心に染み込むものだから。

合唱も祭典の向かう先は今の自分たちのチカラを今この世に存在する他の勢力に対する示威ではなく道半ばに斃れた先人たち、自分の夫であり兄弟たちあるいは顔も名前も知らない無数の人々に「今私たちはこんなにして生きています、あなたの努力のおかげです。ありがとうございます」と鎮魂の思いを届けたい…そういう方向の人の心が集まる時普段日常の狡っからい面はどこかに消えてただただ今生きてある幸せと感謝が表面に現れる。
それが皆を巻き込んで涙が出るような感動を巻き起こすのではないかと思うのですが的外れでしょうか。

何度も書きますがあの石畳の路地に何十年も前に流された嗚咽慟哭の声は今でもはっきりと聞こえるように感じました。あれがあるからこれがあるのだな、と。
| さんさん | 2018/08/01 5:45 AM |
こんにちは、さんさんさん。
長い夏休みで、すっかりリラックスしすぎてお返事遅くなりました。
さんさんさんのおっしゃる通りだと思います。まさに、言葉足らずの私の記事をわかりやすく解説していただいて、コンピューターの前で、「そうそう!そういうことなのよ」とうなづいていたりします。合唱はなんというか、歌を歌い継ぐことでその当時の人々の心を繋いでいくのだと思います。記念碑がなくても歴史博物館がなくても、歌には全てが刻まれていて、それを歌い継いでいくことで歴史と感謝の気持ちを後代に継いでいくのだと思います。
| 管理人 | 2018/08/13 10:37 PM |
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