ラトビア移住12年目。
 
Google
 
残ること
今日はママの友達のお葬式に行ってきた管理人夫婦である。

ママの友達は、ダウガワピルスに住む幼なじみのゾーヤさんであった。
86歳、100kgを越えるかというほどの大柄な女性で、いつもママの故郷へ行く時に、立ちよって2時間程ママとおしゃべりしていたので、管理人夫婦とも顔なじみであった。

ゾーヤさんは次々と家族に先立たれた人であった。
結婚し、二人の息子に恵まれた。
息子達はそれぞれ結婚し、はそれぞれ女の子が生まれた。
旦那さんが亡くなり、両親が亡くなり、二人の息子も幼子を残して若いうちに亡くなった。
息子のお嫁さんたちも亡くなった。

晩年、ゾーヤさんは離婚した孫娘とその息子(ひ孫16歳)と暮らし始めたが、孫娘はユールマラへ働きに行き、ひ孫と二人暮らしになった。もう一人の孫はイギリスで暮らしている。

今日のお葬式に参列したのは孫娘二人とひ孫の三人だけの親族。近所の友達が二人、そして管理人一家であった。

棺が納められたお墓には、沢山の墓石があった。
近所の友達が教えてくれた。
「これがゾーヤの両親のお墓、その隣が長男のお墓、その隣が次男のお墓で、」
ゾーヤさんは次男と旦那さんの間に眠る事になったのであった。
長年、一人で手入れをしてきたお墓である。
それぞれの家族の墓石の前には、ゾーヤさんが植えたベゴニアが咲いていた。

長い長い一人の年月の後、ようやく家族との再会である。
お疲れ様でした、とつぶやく管理人であった。
【2012.08.07 Tuesday 22:13】 author : 管理人
| ラトビアという国について | comments(7) | trackbacks(0) |
アザラシ、流れ着く
そろそろ、プラスの気温の時間が長くなり、一応、春が近づいて来ているらしいリガである。

さて、春と言えば流氷。

なんでも、アザラシの赤ちゃんは生まれてから1ヶ月ほどは泳げないとかで、流氷の上でエサ(母乳)を待っているのだそうなのだが、その流氷が、今年は風の向きのせいで、南へ南へと押しやられ、ラトビアにたどり着いた、ということなのだそうな。

流氷にのったアザラシの赤ちゃんなんて、絶好の観光だ!

と誰もが思うところだが、そこは報道もわきまえていて、
アザラシ保護の観点から、アザラシたちが泳いで去ってしまってからの記事公開であった。

ああ、それでもこっそり見たかった、と思う管理人であった。
【2012.03.19 Monday 20:55】 author : 管理人
| ラトビアという国について | comments(9) | trackbacks(0) |
別荘に呼ばれる
どこもかしこも夏休み気分のラトビアである。

ラトビアの夏休みと言えば、ラトビア語でバッサルニーツァ、すなわち、夏の別荘、サマーハウスで過ごす人々が多いのである。この別荘生活というのは、特にお金持ちのものではない。
ラトビアでは、庶民レベルで普通のことのようである。

夏の別荘、という名称が表わすように、夏の間だけ過ごす別荘なので、冬の寒さを防ぐための建築仕様を備える必要はなく、その形態は様々である。ただ寝るだけの、水は川から料理はBBQのみトイレは外、の自作掘っ建て小屋状態のものから、5LDKぐらいの豪華ハウスまで、アウトドア志向度と経済状態に依存した多種多様な別荘が存在するのである。

それゆえ、誰かの別荘に招待された場合には、その別荘の状態によって「お泊り装備」が異なってくるのである。

先週末、管理人夫婦が招待された同僚の別荘は、お泊り装備=一泊出張+水着、というものであった。

4年前に土地を買って新築した、という同僚の別荘は4LDK。場所はリエパーヤにほど近い、リガから車で3時間ほどのところにある。管理人の感覚だと、それはずいぶん遠い所に建てた別荘で、一年に何回も来れるものではないなあ、と思ったのだが、同僚一家は、夏の間、各週末と3週間ほどの夏休みをここで過ごすのである。若いってすばらしい。

海を散歩したり、川下りをしたり自然をたっぷりと味わう休日を過ごさせてもらったのであった。川はとても穏やかで、コウホネやスイレンの咲く水表にコバルトブルーのイトトンボやカワトンボが沢山舞っていて、まるで極楽のようであった。一応管理人もボートを漕いだので、すっかり筋肉痛になった週明けであった。


【2011.07.04 Monday 19:17】 author : 管理人
| ラトビアという国について | comments(4) | trackbacks(0) |
がん患者のフォローアップ@ラトビア
旦那がシグルダの郊外で1時間ばかり講義をするというので、くっついて行った管理人である。

講義は、がん患者のためのキャンプの一部で、すなわち聴衆は患者さんである。

主催はDzivibas koksというNPOで、がんを患った女性たちと6日間、シグルダの郊外でキャンプを行っているのである。キャンプと言ってもテントを張って、というわけではなく、研修施設内に宿泊してスタッフと患者さんが寝食をともにしながら、メンタル面でのリハビリを行おうというものである。癌を患うと、ショックが大きくて、治療が一段落してもなんとなく社会に対して疎外感をもってしまう場合が多いので、患者同士の交流を始めとしてコミュニケーションに慣れてもらおうというのが主旨である。

キャンプの内容は、絵画、ダンス、音楽、等を通じたメンタルケアと今後の体力増進のためのエクササイズ、そして、健康管理と癌の知識を養うための講義などである。いずれのプログラムもその道の専門家によるものである。参加者を支えるスタッフには複数の医師が含まれていて、細やかな配慮がされている。

参加費は無料で、このキャンプの運営費は幾つかの企業による寄付で賄われている。
会場は昔の大農場で、現在はラトビア大学の所有する研修施設である。



【2011.06.16 Thursday 10:59】 author : 管理人
| ラトビアという国について | comments(2) | trackbacks(0) |
春、一時停止
すっかり緑の若葉も出始めたリガであるが、そうそう一筋縄に暖かさが定着するわけではないのであった。

先週末から寒くなるという予報はあったものの、今朝は3度。
すっかり冬に逆戻りである。

そういえば、こちらへ来たばかりの2005年は、確か5月にも雪がちらつく日があった。全く油断禁物である。

【2011.05.02 Monday 10:48】 author : 管理人
| ラトビアという国について | comments(4) | trackbacks(0) |
国勢調査@ラトビア
昨日、国勢調査員がやって来た。

実は、国勢調査自体は1ヶ月以上前から始まっていて、インターネットから登録(?)出来るようになっていたのだが、旦那がうっかり登録を忘れてしまっていたのであった。インターネットからの登録は一定期間のみで、その時に登録しなかった家庭には、調査員が個別に面談にやってくる、というしくみになっているのである。

かくして、国勢調査員がやって来たのであった。

ママの連絡網によると、おおかたの家庭にはもうだいぶ前に調査員がやって来たのだそうで、「どうしてうちにはこないのかしら。忘れられているのでは?」とママが心配していたのだが、調査員は全く前触れもなく、突然、唐突にやって来た訳である。

調査員は、家族全員と面談し、国籍やら職業やら学歴やらに関する質問をし、ノートパソコンに打ち込んで帰って行った。

5年間暮らしているが、国勢調査はこれが初めてであった。

何となく、こう、参加したなあ〜、という謎の充実感を感じている管理人である。

【2011.04.18 Monday 20:37】 author : 管理人
| ラトビアという国について | comments(8) | trackbacks(0) |
Balvi
旦那の出張でBalviという街へ行って来た管理人である。

Balviはリガから東へおよそ220kmほどのロシア国境やエストニア国境に近い街である。
雪道を走ること3時間、やっぱり雪に覆われた街であった。

旦那と隣の研究室のボス(女性)とがファミリードクターの研修でレクチャーするための出張である。

思ったより道路の状態は良く、むしろリガ市内のほうが悪いぐらいであった。

雪に覆われたラトビアの郊外は、まるでおとぎ話の世界のようであった。

【2011.01.09 Sunday 14:44】 author : 管理人
| ラトビアという国について | comments(7) | trackbacks(0) |


記事の内容には特定個人の情報及び特定個人の情報に結びつくような表現が含まれないように気をつけておりますが、万が一個人を特定するような表現が見られ、不都合であると思われた場合には記事を削除または訂正しますので、下記リンクからのメールフォームにてお知らせいただきますようお願いいたします。また、コメント欄にはメールアドレス等はご記入いただかなくて結構です。

» 管理人へのメールはこちらからどうぞ。

本サイト内のコンテンツは出典を明記すれば自由に使用できます。
Creative Commons License